好きなことで食べていけることを実践!「それが若い子たちの希望になる」/Purveyors 小林宏明

東京と群馬を行き来し、週末には日本全国でイベント制作やプロデュースをおこなっているパーヴェイヤーズ。それらすべては「旅」の一環であり、「旅のベースは人に会いいくこと」と語る。その真意と、彼がビジネスにおいて大切にしていることを訊いた。

いつも高速道路は使わない、下道主義

パーヴェイヤーズは、野外イベント「森、道、市場」においてアウトドアエリアのプロデュースをしている。その自己紹介文には、「旅、フィールドワークをもっと日常生活へ、をテーマにキュレーションするコンセプトショップ」とある。ここからもわかるように、あくまでも「旅」がメインにあり、それにまつわるものとしてキャンプやフィールドワークがあるという考えが根底にある。

「いま思えば、原体験は小学校の通学路。行きも帰りも違うルートを通らないと気が済まない子どもだったんです。知らないものや知らない風景への渇望があった。それは現在も変わらないんです。だから、どこへ行くのも基本的には高速道路を使いません」

「日本の高速道路は風景が見えづらく、どこを走っているのか認識できず、刺激がないのでできれば避けたい」という小林さん。アメリカ留学時代も、横浜の飲食店で働いていたときも、昔からずっと下道主義。道中に気になるものを見つけたら、途中下車をして確認しながら、面白いものを見つけてきた。

「もちろん、時間が許す限りですけどね。毎年、北海道に家族で3週間くらい行くんですけど、泊まる場所も決めずにキャンピングカーで走って、嫁が”あっ、パン屋!”と言えば寄ったりしながら移動しています(笑)」

人に会いに行くことが旅のベース

小林さんにとって、自分が知らない風景に出会うこと、そのなかで出会う人やモノはすべて「旅」なのだ。それは趣味というよりも、習慣といえるくらい自然なもの。風景を見ながらアイデアを巡らすことも多い。

「休日に旅するのは非効率なので、仕事が直結しているほうがいいなと、あるとき思ったんです。最近は、毎週のように地方でイベントがあるなど、旅をしていないと回らない仕事になってきました」

旅で出会う人たちも、小林さんのビジネスにとっては重要な意味をもつ。

「僕の場合、人に会いに行くことが旅のベースにあります。顔が見えない商品って売りづらいんですよ。ここでは、毎週のようにポップアップショップをやっていますが、作り手さんにわざわざ来てもらうのは、作者とスタッフが実際に会って話をして欲しいという思いもあるんです。そうすることで、接客にも説得力が生まれますから」

やりたくないことは、やらない

男3兄弟の父親である小林さんは、家族との時間も大切にしている。旅好き、フィールドワーク好きでありながら、家族とは都心で暮らしている点もユニークだ。

「自分の地元が閉鎖的な社会で息苦しかったので、子どもには都会で育ってほしかったんです。それと、東京で培ったノウハウで仕事をしている点も大きい。前回、東京の情報がすべてではないと言いましたが、実際8~9割は東京に集約されているし、人口も密集している。そこに身を置いて情報発信をしていくことも大事です。東京を完全に無視してビジネスはできないですよ」

会社員として仕事をしながら、いつか「スキをスキル」にビジネスを始めたい人にアドバイスがないか聞いてみた。

「好きなことがあればやればいいし、やりたいことがあるのは幸せなことだと思いますよ。でも、僕の場合はやりたいことって特になくて、やりたくないことを意識的に排除していくイメージで生きています。それと、自分にしかできない仕事をすること。好きなことを追求するよりも、自分にしかできないことを追求したほうがいいと思うんです」

感謝されるよりも、感謝していたい

個人事業主でも社長でも、仕事が順調になるほどに家族との時間が減ってしまうことは多い。そのジレンマはないのだろうか。

「それはないですね。自分にとって仕事をすること、お金を稼ぐことは生きることなので。そして、最初はまったく気が付きませんでしたが、経営というのは本当にクリエイティブだと思っています。平日は基本的に家で仕事をしているので、子どもたちとの時間は世のサラリーマンの方たちよりあると思いますよ。週末のイベントなど、仕事場にも連れて行きますし、スタッフなどみんなで育てている感じです」

今後、ビジネスを大きくしたいという野望はないのだろうか。

「無駄に大きくするよりは、好きなことをやっていても食べていけることを見せていきたい。それが若い子たちの希望になると思うんです」

親として経営者として、次の世代への優しい眼差しが常にある。それは、自分が困ったときに多くの先輩たちに助けられたという思いがあるからだ。

「いまの会社も、僕が何をやろうとしているのかもわからないのに出資してくれた親会社の社長がいたからこそ成り立っています。年齢的には後輩なんですけどね。グループを抜けてもいいよと、いつも彼は言ってくれるんですけど。僕のなかではその考えはないですね。一生かけて、恩返しをしないと気が済まない。常に感謝できる人が増えていく人生が一番だと思いますね」