“ホップの里”ではなく、“ビールの里”を目指した理由/BEER EXPERIENCE 吉田敦史

農家になるには、大きくふたつの道があると言われる。ひとつは農業法人に就職する方法、もうひとつは農業法人の経営者になる方法だ。多くの場合、イメージされるのは後者ではないだろうか――。「脱サラ農業」なんて言葉を聞くようになった今でこそ助成金制度が整っているが、BEER EXPERIENCE社の吉田敦史さんが就農した頃には、こうした制度は不十分だったという。道のりは決して優しいものではなかった。

借金をしなかったので貯金はなくなった

これまでにどんな投資をしてきたのか――。我々の質問に、吉田さんはストレートにこう答えた。

「手っ取り早く金額で言うと、3000万円くらいあった貯金を全部つぎ込みました。トラックで数百万円、ハウス一棟で300万円とか、個人のお金は無くなりました。とにかく無借金経営でいきたかったんです」

実際に無借金経営を実現できていたが、生活は甘くなかった。それまでの収入が大きかったゆえに、初年度は税金などの負担も少なくない。

「いまは給付金の制度があったりして優しいですけれど、当時は全くなかったので、農業の技術を学ぶにもお金がかかる。保育園の保育料も月6万円くらい。賃貸も借りているし、お金はどんどんなくなりました」

だからこそ、計画的にお金を借りておくべきだったと話す。

「いまなら、“借金して始めろ”と思います。もちろん計画は大事ですけれど、お金は借りたほうが絶対良いです」

一度始めた新生活――。もう立ち止まる訳にはいかない。広告営業で鍛えたフットワークの軽さを生かし、最初は文字通り「足で稼ぐ」日々が続く。吉田さんは「歩いた方が早い」なんて言うが、無論誰もが真似できる芸当ではないだろう。

「土地を探すところから始めて、新規就農する人が通るであろう道はひと通り経験してきましたよ。もちろん役所にも話を聞きに行きましたが、実際に現地でここが空いてそうだなっていうのは、人に話しを聞いて回った方が早い。誰が土地を持っていて、手放したがっているとかを聞けるので、歩いたり、車で走り回ったりして聞きました。ついでに空き家がないかどうかも――」

個人農家から会社組織にしていった理由

個人農家として始めた農業。しかし、吉田さんは会社という組織にする決断をした。その理由はどこにあるのだろうか。

「よく使われる表現として、”早く行きたいなら一人で行け、遠くに行きたいならみんなで行け” というものがありますよね。組織にした理由はまさにこれだと実感しますね。僕は元々営業でしたが、会社にいるときには、経理や法務なんているのかな? と感じることもありました。でも個人農家になってみたら、みんながいたから組織が成り立っていたんだなと理解しました」

大きいことをやりたいなら、個人ではなく会社にした方が良い。吉田さんはそんな風に舵を切ったわけだ。

地域活性化や地域創生を目指す農家がやりがちなミス

会社化したことで、文字通り大きな取り組みができるようになった。いまやBEER EXPERIENCE社としての取り組みは、遠野の地域創生においても重要な存在だ。しかし、輝かしく感じられるストーリーの裏には失敗ももちろんある。そこからヒントを探りたい。

「最初の頃、よく僕も罠にハマりました。地域創生をしたいと考えたとき、地域の特産品を作ろうとする人が多いと思います。僕の場合は、『遠野パドロン』を特産品にしようとしました。でも、ある特産品を推すだけでは、地域振興は絶対にうまくいかないんです」

「遠野パドロン」がいかに素晴らしい作物であっても、あくまでひとつの作物に過ぎない。その先に待っている体験――遠野パドロンの場合、ビールを飲みながら食べるなど、消費者がワクワクするような想像をさせることが重要なのだ。

「もし遠野が「ホップの里」を推して地域振興をしようとしたら、上手くいかなかったと思います。だからこそ“ビールの里”を目指したんです。何が違うかというと、ビールは最終消費者が飲めるものであって、醸造所も、おつまみの生産者――例えば、チーズやソーセージの職人など――たくさんの人・職業が関われる。地域振興はこうじゃないと、うまくいかない。僕はそう思っています。農産物一点張りはいけない」

もちろん、例外になる名産品も中にはあるかもしれないが、吉田さんの考え方は非常に興味深い。彼は「そこに訪れて何をしたらいいのか」を明確にすることが大事だと話す。例えば「うどん県」は、この基準に照らし合わせると正解なわけだ。そんな話を聞いていると、吉田さんらが「ビールの里」としての遠野をどう支え、広げていきたいのかが鮮明になった。

「ビールの里として、今後欲しい機能としては、観光で醸造体験をできたり、そのビールが何週間後とかに届いたりとかですね。例えば、結婚式に出すビールを作りにきて、式場に発送したりできたら面白いはず。いまでも製造しているところは見られるけれど、まだ醸造を体験できる場所はありません。一番最初にやりたいのはそこです」

「ビールの里」には、国内の観光客はもちろん、海外の観光客に対しても、アピールできるところは多い。まだまだ伸びしろは大きそうだ。

「ここ数年で見かけるようにはなりましたが、遠野に来てくださる海外からのお客さんはまだまだ少ないです。それでも、花巻空港から台湾の飛行機が繋がったりしているのには注目しています。向こうは気候が暑くてホップを作っていなかったりするので、日本の人よりもホップについて知らないはず。連れてきたら喜んでもらえるんじゃないでしょうかね」

それと――。吉田さんには、こんな野望もある。

「BEER EXPERIENCE社として遠野パドロンが軌道に乗ったら、『BEER EXPERIENCE』という名前のビールを出したいですね。いつになるかは、わかりませんけれど」