唯一無二の“カッコイイ”植物を求めて /叢店主 小田康平

今年の5月、ラボのような、はたまたギャラリーのようなスペース「Qusamura Tokyo」がオープンした。多肉植物業界ではつとに知られた人物・「叢 – Qusamura」の小田康平さんによるショップである。そこは、東京にありながら、最寄駅から遠く、まわりには商店がない静かな住宅街に佇むお屋敷の一角だ。「ライン=線」をコンセプトにした空間は驚くほど静かで、小田さんが扱う多肉植物と己を対峙することができる。

“かわいい”のではない、“いい顔”をした多肉植物

多肉植物がブームとなって久しい。いや、もはやムーブメントとなり、「プクッとしたかわいらしい」見た目や「手がかからない」という容易さもあって、そこかしこで見かけるようになっている。専門店だけでなく、雑貨系のセレクトショップにも並べられ、いまやムーブメントというか日常的なものと言っていいだろう。
けれども、「叢」にある多肉植物は、それらとはまったく一線を画す。孤高というか、崇高というか、イカすというか、アヴァンギャルドというか、なんと喩えればいいのかわからないが、ともかく印象的な多肉植物がそろっている。

「“いい顔してる植物”と称しています」とは店主・小田康平さん。なるほど、この言葉、じつにしっくりする。小田さんが惚れ込んだ植物と、それを引き立てるためにつくられた鉢からは、静かなるオーラが漂ってくる。
「時間による変化と力強さを感じさせる植物を扱っている」という言葉通り、どれもが、ずっとひとりで戦ってきたような、そんないい表情に惹きつけられる。

あらためて「多肉植物」を説明しておこう。多肉植物とは肉厚な茎や葉を持ち、そこに水を貯めることができる植物の意で、サボテン科、アロエ科、ハマミズナ科、ベンケイソウ科というように多くの種が存在。大多数は砂漠や海岸といった乾燥した環境に自生し、その数はなんと数万種だとか!
そんな多肉植物に魅せられた小田さん。多肉植物を手がけるようになったきっかけは、ご実家が花屋さんだったということもあり……と思いきや、とんでもない! 
小学校6年生のときには「税理士になりたかった」と現在とはまったく別の道を志していたという。

「算数が得意だったのと、友だちのお父さんが税理士でお金持ちだったんですよ。いつも犬の散歩をしているくらい時間があるのに、お金持ちで。うちの親父なんて、めちゃくちゃ忙しいのに貧乏だった(笑)。その違いはどこにあるのか? もしかしたら職業の違い?だったら、僕は税理士になろうと決めたんです」

無難なサラリーマン人生を避けるべく、海外放浪へ

税理士になろうという初志を貫徹するべく、大学は経済学科に進んだ。だが、このままもし順調に税理士になれたとして、犬の散歩して、のんびり暮らして、それで本当に満足なのか?自分自身の存在感の薄さに気づき始め少し立ち止まる。自分だからこそできることがないものか?

「自分がやりたいこと、好きなことを見直そう」とすぐに方向転換し、興味を持ちはじめていたインテリアや空間デザインの世界へとシフトした。とはいえ、
「インテリアデザイナーや建築士を目指すというのもあったでしょうが、具体的には考えていませんでした。それに、僕の大学(*神戸商科大学)はとても歴史があって、神戸のどこにでもOBがいまして、『ウチに来い』という状況だったんです。まわりは就職難ですが、そのまま流れに乗れば就職できる環境でした。でもそうしたサラリーマンになったとしても、それは誰でもいい仕事なのでは?」
と疑問を抱き、“小田君じゃないと困る”と求められる存在になりたいと考えるようになったという。

そのためには、経験したことのない世界————ひとりで海外に出ようと決めた。
深く考えずに突き進むという性分もあって、行き先はスペインに。

「第二外国語でスペイン語を選択していたんです。一年のときは必修で。二年は履修する必要がなかったんですが、なぜか僕ひとりだけスペイン語を受けていて。先生はスペイン人の女性で学生は僕ひとり。と言うと、スペイン語が得意のように見えますが、まったく苦手で(笑)。でも先生とは仲がよく、コーヒーを飲みに行ったり、トレド(*スペインの古都・世界遺産)の映像を一緒に見ては、『懐かしい』と先生が泣いてしまったり。このとき見たスペインのきれいな風景が印象に残っていて」

ほぼノープランで辞書と地図だけ持ってスペインに旅立ったのだった。期間は一年。一箇所に留まるつもりは毛頭なく、当初はバルセロナから西へ移動しつつ、を考えていた。が、現地で知り合った日本人に「サハラ砂漠の写真を見せられ」て、その美しさに感銘し南下を決め、ジブラルタル海峡からアフリカに渡った。

契機は、パリで出会った“花屋さん”

「モロッコの異文化に触たことで、スペインだけでなくいろいろ見たほうがいいと考え、アフリカから北欧、ヨーロッパ各地を巡りました。インテリアが好きですからパリ、ロンドンにも行きまして。パリのコンランショップで、ある“おじさん”が偉そうに『それはこっちに』とかやっているんです。偉そうなんだけれども、それがカッコよくって。翌日も見に行ったら、また『こっち、こっち』なんて偉そうに指示をしている。その翌日にも行くと……」
やはり采配を振るっていた。当時のコンランショップには、植物、とくに切り花が数多く飾られており、この“おじさん”がそれを指揮する花屋さんだと、小田さんは知った。

「自分が知っている花屋は親父ぐらいですから。ずいぶんとカッコいい花屋さんがいるんだなぁと驚きました。そして、空間をつくるには照明やインテリア、音楽などいろんな要素がありますが、自分は植物を使いたいと思ったんです」

旅を終えたら広島に帰って、花屋をやろうと決めた小田さん。それを両親に話すと、
「親父は『花屋なんて、儲からない仕事をやるな』と。でも、僕としては、そうじゃない。自分がパリで見たような、植物で空間をつくる花屋になるんだと説得して、この道に進んだんです」

生花を扱い、仲間の建築家、照明デザイナー、音楽家らと空間をプロデュースする仕事を行っていた。ところが、
「三日もすると枯れ始めるんです。切り花の宿命といえばそれまでなんですが。空間自体は何年も持つのに、どう工夫しても花は枯れてしまう。それが切なくて。だから、長く持続する“鉢植えの植物”がいいと思うようになりました」

これを契機に、生花店から、いわゆる観葉植物を扱うことに。だが、観葉植物は基本的に規格商品が多く、似たようなものが市場に出るという。くまなく探してもほかと変わりがなく、それでは小田さんの志向にそぐわなかった。

「ところがサボテンというのは、市場に出荷するサボテン農家さんもあれば、趣味で、自分の家で育てているというおじいさんたちもいる。おじいさん方のサボテンは、地域性や、ご自分の性格だとかで、もう、ぐちゃぐちゃでいろんなカタチがあるんです。同じものが何個もあるわけじゃなく、ひとつひとつが全部違う。だから、自分の好き嫌いを明確にできて、『これが好きだから譲ってください』と言える。自分もそれをお客さんにPRできるんです」

そうして、小田さんはサボテン、多肉植物に特化した「叢 – Qusamura」を立ち上げたのだった。