「自分たちが欲しい物しか作らない」ブレない姿勢が成功を掴んだ/BrownBrown 川村達郎

自分たちでできることは、すべて自分たちでやる姿勢を保ちながら二人三脚で進んできたBrownBrown。しかし、ブランドを設立してすぐから順風満帆というわけではなかった。ここでは、リアルな金銭面の話から、ブランドが認知されるきっかけ、ここまで成長できた理由など、スキをスキルにするための実践的な話を聞いた。

銀行ではなく、あえて親からお金を借りた

2012年のブランド立ち上げ以来、年2回コレクションを発表し続けているBrownBrown。アパレルのように、シーズン単位でがらりと製品を変えていたが、最近はその中から人気定番アイテムも生まれてきた。

「イチから自分たちで作っているので、まとまったオーダーがあれば過去のコレクションを製作することもできます。別注もそうですけど、臨機応変に対応できるのがうちの強みかもしれないですね」

今でこそ取引先も増え、安定した受注を受けているが、ブランド設立時は金銭的にも厳しかったという。

「最初の2~3年は、給料も一桁程度でヤバかったですね。設立時はお金も借りました。当初は銀行から借りようとしたんですけど、同業他社の友人から”できるなら親から借りたほうがいい”とアドバイスされて。すごくイヤでしたけど、借用書を書いて父親から借りましたね。それはSHIPSのオーダーが入ったときに全部返して。そこでまたお金がなくなっちゃったんですけど」

ブランドアイコンを作ることで認知が広がった

ブランドの認知が広まったのは、現在のアイコンとなるMr,Brown氏キャラクターを使い始めてからだとか。

「古いコインに描かれているようなテイストで、頑固者をイメージしながら作ったんです。大々的に使う気はなかったのですが、あのキャラクターを作ってから認知が一気に広まったんです。しかも、女性のお客さんが”カワイイ”って言うんですよ。うちのお客さんに女性がすごく多いのは、おじさんのおかげです(笑)」

革小物とはいえ、そのときどきのファッションに左右されることは多い。しかし、新作を生み出すにあたり、トレンドの要素はあまり考えないという。

「自分たちの好きなテイストがトレンドなら別ですけど、わざわざ追いかけることはしないですね。僕らが作るものはアメカジ風味で、いまちょっと落ち着いていますけど、また時代が巡ってくると思うんで……そこはブレずにやっていくつもりです。自分たちがかっこいいと思えないものを作るのは、ブランドとしてどうなのって思いますし」

継続には、人脈やバックボーンも大事

改めてこれまでの経緯を振り返ってもらい、スキをスキルに仕事が続けられている理由を聞いてみた。

「自分の場合は、生産管理の仕事を経験できたことが大きかったですね。デザインができても、お金をかけずにどうやって生産するかのノウハウを持っている人は少ないんです。実はそこってすごく重要じゃないですか。僕らは意外に慎重派なので、なるべくお金をかけずにやってきた。それでも3~4年は食えない期間が続きましたけど、辞めるって考えは一切なかったですね。継続は力なりだと思っていたから」

製作を革小物に絞ったのも勝因のひとつといえる。というのも、洋服の場合はサンプルを作るにしても工場に発注する必要があるなど、初期投資がとにかく大きいのだ。

「同世代でファッションブランドを始めた何人かは、すでに辞めていますからね。当時は販売員からいきなりブランドを始める人も多かったです。厳しい時代ですし、勢いだけで始めるのは難しい。しっかり準備をして、人脈やバックボーンを作り上げることは大事だと思います」

川村さんの場合、ファッションブランドで働いていた時代に知り合ったバイヤーやスタイリスト、さらには工場や生地屋さんなどのつながりがあった。また、販売員時代の人脈もある。人間関係を深めるため、現在何をやっていることはあるのだろうか。

「年齢を重ねると、結婚したり子どもができたり、昔よく遊んだ連中も忙しくなるじゃないですか。なので、最近は趣味で出会った人とのつながりを大事にしています。僕の場合は植物を育てるのが好きで、そっち方面の知り合いが増えています。いつかそういう人たちと何かやりたいんですよね。趣味が仕事になるのが一番楽しいから。それこそスキをスキルにすることだと思うんです」