“獲れるスキル”をシェアして、もうひとつの収入源に/サラリーマン猟師 小川岳人

いま、猟師が静かなブームを呼んでいる。東京都環境局が年3回実施する猟師免許試験は、どの回も早々に満員御礼。アウトドアアクティビティの延長線上で狩猟の楽しみを導く書籍も充実していて、山に入ってその恵みを享受したい、ジビエ料理を自分で作ってみたいと考える人の数は、私たちの予想を遥かに超えている様子だ。そして今回、ご登場していただくのは、“サラリーマン猟師”の小川岳人さん。会社生活と猟師という2足のわらじをバランス良く履きこなし、自身の“好き”をスキルに替えて奮闘中である。

東日本大震災をきっかけに、都心の生活を捨て、あきる野市へ

ところで“猟師”って、一体どんな人が目指すのだろう? 正直、キャラクターや、人となりがまったく予想できない。鉄砲持って、山に入って? ということは、無口で、眼光が鋭くて。どれほどイカツい大男がやってくるのか。オノノイていたところ、待ち合わせ場所にやってきた目の前の人物は、渋谷の街を普通に闊歩してそうな好青年。子どもたちにも好かれそうな、屈託のない笑みが印象的なのである。

小川岳人さん、37歳。家族構成は、ご本人、奥さま、4歳と1歳の息子さんの4人。現在は、東京都あきる野市に住んでいる。

「出身は熊本なんです。地元の高校を卒業した後、18歳で上京。当時はIT業界の草創期であり、まずはインターネットの勉強がしたいと考えて、アルバイトでISDN回線をセールスする企業に入りました。その後もヒューレット・パッカードのコールセンター、ミクシィ、ISAOネット(ドリームトレインインターネット)と、IT業界を転々として」

振り返れば、着々とキャリアが形成されていった20代だった。その一方で、週末は趣味の登山に興じ、関東近郊の山々を登って回ったそうだ。仕事も遊びも、充実していた。ところが、である。

「東日本大震災を体験して、考え方がガラッと変わったんです」

2011年3月11日。14時46分。最初は尻を突き上げられ。トントントンという揺れを感じて「あ、これが縦揺れ?」「地震だよね」と、同僚と話していたら「うわっ、ものすごい揺れだ」って。それまで危険と隣り合わせの登山や川下りも数多く経験してきた小川さんだが、「死を覚悟したことまではなかった」。ところが、あの震災では、生まれて初めて「死ぬな」と感じた。

渋谷から自宅があった吉祥寺までの道のりも遠かった。お腹も空くし、喉も乾く。コンビニに寄っても、何も売っていない。

「その時に、思ったんです。都心の生活って、便利な反面、もし何か一大事が起こってしまうと、リスクが大きいんじゃないかと。食料もこういう風に無くなるし、一旦パニックが起きたら、押し潰されて亡くなっちゃうとかもあり得る」

当時は、まだ子どもが生まれる前の奥さまとのふたり暮らし。奥さまも登山を楽しむアウトドアライフ愛好家で、都会を離れた暮らしにネガティブなイメージはない。ふたりは思い切って、震災の翌年に、東京の西端、あきる野市への移住を決行した。「どうせなら、登山やキャンプで慣れ親しんだ、あきる野市がいい」「あそこなら渋谷まで通えないこともない」という理由だった。

“猟師”をスキルにするきっかけとなった一冊の本

その頃、小川さんは後の人生を左右する本に出合う。

「千松信也さんが書かれた『ぼくは猟師になった』という本です。いま、狩猟をやってる人で知らない人はいないぐらいのバイブル的な一冊なんですけれども、この本を読んだ時に、鉄砲がなくても猟を出来ることを初めて知りまして。千松信也さんは銃を使わずに、罠だけで猟をされている方なんです」

小川さんは、こうも続ける。

「たぶん狩猟をしてみたいっていう願望が潜在的にあったんですね。登山が好きだったので服部文祥さんが書かれた『サバイバル登山家』という本も知っていましたし、山でそういう獣が獲れたら楽しいだろうなと。イノシシ肉とかシカ肉も食べてみたかったんです」

山好きが高じて、山で獲れるものを味わってみたいと思った。その発想の延長線上に、狩猟があった。加えて、震災で食べ物に不自由をした実体験から、「獲れるスキルがあると、何かあった時に生活に困らんだろう」と考えるようになった。自然な流れである。

行動、そして狩猟をめぐる状況への気づき

その後の小川さんは、これまたすぐ行動に移した。千松信也さんが書き示した通り、イノシシの痕跡を追って、山歩き、山ドライブをして回った。そうやって、まずは獣たちが自分たちの身の周り、あきる野にいるのかどうかを確かめようとしたのだ。

そんなある日。

「すいません、こっから先って、どういうところに行くんですか?」
「☓☓☓☓☓☓に行くよ」
「ちなみにこの辺ってイノシシやシカなんかいるんでしょうか?」
「いるいる」
「僕、猟を始めたいんですけど猟師さんとかってこの辺にいるもんなんですか?」
「いるよ。俺の弟がそうだ」
「!!」

小川さんは、ツテを頼って、地元の猟友会に入会。狩猟免許も取得した。こうして、ひとつひとつ狩猟環境が整っていった。

ところで猟師は、その活動をするのに、国が定める免許が必要となる。しかも狩猟免許は3つの区分に別れている。

・第一種銃猟免許(ライフル銃などの使用・所持ライセンス)
・わな猟免許
・網猟免許

いずれも取得難易度はそれほどのものでもないが、平日の指定日に、警察に申請のため出向く必要がある。さらに危険物を取り扱うことから、それなりの身辺調査も入る。

「狩猟を実際にはじめてみて、いろんな気づきありました。お肉をたくさん貰えるのはもちろんですが、お肉以外にも周りの猟師さんの畑で採れた季節の旬の野菜をいただいたりとか。あと山に入るとクルミを見つけたり、山菜やキノコがあったり。そういう副産物もあって、狩猟って面白い趣味だなあと改めて感じました」

一方、狩猟免許取得者は増えているが、多くは続かずに止めてしまう現状も目の当たりにする。理由はいろいろだが、一番の理由は地理的な問題だ。首尾よく猟友会に入っても、朝5時半に集合となると、クルマなしの都心居住者はアウト。始発が動くのを待っては、待ち合わせポイントに間に合わない。

加えて、ライフル銃の保管場所についてのハードルも考えられる。ライフルロッカーは壁に直接取り付けることが義務付けられているが、一般的な賃貸物件では壁に釘を打つことすら許されていない。ましてや危険物を保管するロッカーを取り付ける目的で、造作を許可する大家はまずいない。賃貸物件の居住者は、その時点で銃猟できる可能性ほぼゼロとなる。

「そうした現状と直結して始めたわけではないんですけども、僕たちが立ち上げたが罠シェアリングの取り組みはそんな問題にも対応できるのかなって」

次回は、小川さんらが主催する罠シェアリングの全貌を解説していく。

※トップ写真の銃は罠シェアリングベースに飾られているモデルガンです。本物の猟銃ではありません。