「喜んでもらいたかったんですよね」何気ないサービス精神から生まれた唯一無二のマーケットイベント/森、道、市場 岩瀬貴己

2011年より愛知・蒲郡で開催されている、“モノとごはんと音楽の市場”をコンセプトとした野外イベント「森、道、市場」を主催。建築を本業としながらも、1年の大半を「森、道、市場」の運営に充て、2019年は3日間でのべ約6万3000人もの来場者数を記録する大規模イベントに成長させた。ほかにも「あいちトリエンナーレ」やテレビ局主催のイベントに携わるとともに、地元・岡崎市の発展にも尽力する。

岩瀬貴己さんが「森、道、市場」をスタートさせたのは2011年のこと。きっかけは、偶然に見つけた山中の廃墟を「みんなに見てもらいたい」という何気ない気持ちだった。“市場”は次第に規模を拡大し、今や全国にもその名が轟くほどに成長するが、それは岩瀬さんが子どもの頃から持ち続けている、強いサービス精神があるからにほかならない。

「廃墟の街を見てほしい!」が出発点

「そもそもは、道を間違えたのが発端なんです。たどり着いたのは『山麓園』。そこは、今も営業しているジンギスカンのお店なんですけど、クルマでは絶対に入れない山の中腹に、巨大な建物や樽の小屋が点在している場所なんですよ。その一帯は昭和50年頃にはとても栄えていた観光地で、かつてのホテルや飲食店などが建ち並んでいるのですが、今はもうどれも朽ちてしまって、それがものすごい雰囲気を放っているんです」

その場所とは、愛知県の蒲郡市と西尾市、そして幸田町をまたぐように広がる三ヶ根山。周辺には形原温泉があり、岩瀬さんが話すように以前は観光地として賑わいを見せていた街。当時はロープウェイが架かり、山頂には回転展望台もあったが、今ではそれらもなくなり、華やかさはすっかり影を潜めてしまったという。そんな、たまたま迷い込んで目にした“山中の廃墟の街”に、岩瀬さんは衝撃を受けた。

「あまりにもスゴかったので、みんなに見てもらいたいって思ったんですよ。2011年のことだったのですが、当時はまだSNSが発達していない時代。その場所に人を呼ぶにはどうしたらいいだろうって考えた結果、マーケットを開こうと思いついたんです。それが第1回目の『森、道、市場』ですね」

開催するにはトイレなどの設備を整える必要もあるだろうと判断。こうした最低限の設備費用に充てるために、初回から入場料を徴収した。エントランスフリーで開催されるフリーマーケットはすでに一般的だったが、有料のマーケット・イベントはその当時としても珍しい存在。それにも関わらず、かなりの数の来場者があったという。

「でも、結局駐車場が足りなくなりお客さんがたどり着けなくて、めちゃくちゃディスられましたけどね(笑)」

同級生たちを喜ばせた、高校時代の問題作

愛知県岡崎市は、八丁味噌の産地としてはもちろん、徳川家康が生まれた岡崎城があることでも知られる街。この地に生まれ育った岩瀬さんは、小学生の頃には学級委員を務めるのみならず、修学旅行のしおりを率先して製作。中学生になると、卒業生を送り出す催しでコンテンツを企画するなど、当時からイベントごとに対するモチベーションが高かったという。そして、極めつけは高校生のときだ。

岩瀬さんの通う高校では、体育祭でクラスごとに巨大なマスコットを製作していたが、岩瀬さんが中心となって作ったのは、当時人気だったグラビアアイドルの全裸のマスコット(ただし担任に注意され、あとから下着も製作)や、テレビドラマに登場した工務店の建物を再現しつつも、その内部に密かに喫煙所が設置されているオブジェという、かなりぶっ飛んだもの。

「当時から、くだらないことが大好きだった。喜んでもらいたかったんですよね。『何作るの?』『喫煙所』って言ったら、みんな喜んで手伝ってくれる(笑)。まぁ、グラビアアイドルのオブジェなんて、結局下着が外れちゃって、あとで校長室に謝りにいきましたけどね。それに、高校のときは卒業アルバムも作りました。ヘンな写真を載せたかったから(笑)」

高校卒業後、岩瀬さんは大学進学を考え、浪人を決意する。しかし、卒業直後の4月にバイク事故を起こして入院。半年の入院と1年のリハビリを告げられ、進学を断念する。

「ただ、素行が悪かったので、3カ月くらいで『退院してくれ』って言われたんです。ちなみにその事故により、障害等級を頂いたので現在も軽い障害者です。」

軽い気持ちでスタートして、あっという間の1万人超え

退院後、自宅の近所にあった知人の工務店でアルバイトを始める。現在、「森、道、市場」の主催者を務める一方で、建築業を本業とする岩瀬さんのスタートラインだ。住宅建築や店舗の改装など、仕事を始めてからの岩瀬さんは多忙になり、その期間はイベントごとに携わることもなかったという。20歳のときに入った工務店には10年勤め、その後は違う工務店に転職し、7年間を過ごした。そんなときだ。“廃墟の街”を目にしたのは。

2011年にスタートした「森、道、市場」は、翌2012年と2013年も初回と同じ、三ヶ根山ロープウェイの山麓駅跡の周辺で開催された。2013年には県外からもアーティストを呼ぶなど、音楽コンテンツをさらに充実させたことで、来場者数は次第に増えていく。

「最初は、市場のお客さんを集めるために音楽を付けたという感覚だったんです。音楽があれば人は集まるだろうと思って。結局、人は暮らしていると音楽も普通に入ってくるし、ごはんも食べないといけないし、服だって買わないといけない。『森、道、市場』にあるのはどれも、人間の営みのなかにある普通のことなんです」

中〜大規模のイベントとしては「森、道、市場」は後発だ。マーケットを始めた頃は、すでに大規模の音楽フェスティバルも各地で数多く開催されていたが、岩瀬さんは特にそれらのイベントを参考にしたことも、意識したこともなかったという。

「音楽で始めたわけではないですからね。『森、道、市場』は、あくまでも“市場”。そこにいろんなコンテンツがくっついただけなんです。もちろん、始めた当時、近くでも音楽のイベントが開催されていたので、少しは意識しましたけどね。当初、『森、道、市場』の入場者は1日1500人くらいだったのですが、音楽イベントって1万人くらいの人が来るじゃないですか。だから『いつかは、マーケットでもそれくらいいけたらいいなぁ』って軽い気持ちで思っていたんですけど……結局、そんな規模は余裕で超えちゃいましたね(笑)」