これまでの林業マンは決してやらなかった、東京チェンソーズならではの仕事/東京チェンソーズ 青木亮輔

「“山仕事だから、給料安くてもいいよね。給料が安くても早く帰れるからいいよね”ではなく、ほかの仕事と同じように商売として成り立つ林業をしたい」と、独立当初から考えていた青木さん。公共事業や補助金に頼る山の手入れだけでなく、“明るく儲かる林業”を実践しており、いわば青木さんは閉塞的な林業業界の希望の星的存在だ。そんな青木さん率いる「東京チェンソーズ」の今の仕事について紹介していこう。

40年も育てた木なのに、価格はたったの1万円!?

青木さん率いる「東京チェンソーズ」は現在16名。主な仕事は、社の企業理念“美しい森を育み、活かし、届ける”に言い表されている。美しい森を育む=造林・育林で、活かす=木材生産、届ける=製品を販売すること、「森デリバリー」をはじめとする各種イベントのことである。

独立した当初は森林組合の下請けだったが、すぐに資格を得て元請けとなり事業を拡大した。売り上げの8割が造林・育林といった森林整備、2割が木材生産やプロダクト販売といったところだ。

「公益的な機能を守るための森林の整備には補助金がつきます。それはありがたいことである反面、それだけですと補助金をもらうために仕事しているだけになってしまう。またこれは林野庁の思い描く成功ストーリー通りで、自分たちによる新たな発想が止まる。ですから補助金だけに頼らない新しい林業をやるために、山を買い、材を売ることにしました」

2014年のことだ。伐採した木を山から運び出すには“道(作業道)”が必要で、青木さんらは、まず道づくりを学び実践した。そしてトラックに載せ市場へと出荷することができたのだが……

「木の値段をご存知ですか? 直径25センチで4メートルの丸太がいくらになると思います? 4本で1万円にしかならないんですよ(笑)」

笑いごとじゃない。苗を植えて何十年も育ててきたのに、たった1万円。いや、たまたま今が安値なだけで、今後上がるのでは?

「丸太の価格は下げ止まっていて国際的な価格と並んでいます。それこそ大きなパラダイムシフトでも起きない限り、木材需要が大幅に増えるとか、木材価格が跳ね上がることはないでしょうね。だから、ふつうに丸太を出しているだけじゃ勝負にならないんです」

捨てられていた部位にスポットを当てる

この“ふつうに丸太を出しているだけじゃ”に、現在の東京チェンソーズの仕事が見て取れる。そう、4本1万円の丸太に付加価値をつけて、われわれユーザーへと届けるのだ。そのためには、従来は山に捨てていた枝や樹皮、形の悪い丸太、根っこなどを商品化して、1本の木の売り上げを伸ばすこと。そこに気づいたのだという。

“まるまる1本を活かす”となると、木質バイオマス燃料が思い浮かぶが、
「それはそれで悪くないですが、山にはなんの利益にもなりません。だって、丸太より安い価格なんです。1本を使いきることはできますが、安いもの(商売にならないもの)を運ぶだけですから、地域は疲弊するだけです」

林業で大切なことは、伐採したところにまた木を植え育てることで、再生可能な資源になること。バイオマスのための木を運ぶことに忙しくなって、植林に手が回らなきゃ本末転倒だ。

そこで、今までは流通に乗らない材、形が個性的過ぎて使いにくいとされていた材、葉付きの枝などを販売することにした。それらはディスプレイやオブジェなど、使い手の自由なアイデア次第でさまざまな用途に活用されており、また、想像力をかき立てるパンフレットも配布している。

次から次へと新たな課題が出てくる

「先日、六本木アークヒルズでワークショップがありまして。“森デリバリー”として出店し、ぶんぶんゴマづくりを行いました。厚さ1センチ程度に伐った丸太に穴を開けて紐を通して“ぶんぶん”と回すコマなんですが、これを1日80個限定で販売しました。1センチを80個ですから80センチです。1個600円で1日48,000円売れるんです。4メートルの丸太4本で1万円なのにですよ!」

市場に売るのか? 付加価値をつけるのか? さあ、どっち? となれば、当然、後者を選ぶハズ。そしてこの“森デリバリー”は単なるワークショップにあらず。

「物販兼市場調査ですね。いろいろな場所に行きますので、たくさんの人に見てもらい、体験してもらうことができるんです。反応がよければ商品化します」

そうして誕生したものもあれば、つい先日には、東京おもちゃ美術館(公式トイショップ「アプティ」)と共同で開発された、これまでに見たこともないような積み木ができた。その積み木のカタログは全国3万カ所の幼稚園に配られるそうだ。加工するのも東京チェンソーズの仕事で、当然、加工専用の工場も新設した。

余すことなく1本の木を使う──これを実現するためには、ベースとなる資金と人が大切だ。だから森林整備をしっかりと行い、社員たちの士気も高めている。今、話したことのほかに、東京の材で家を建て、森を育てるという趣旨の「TOKYO WOOD」に参画し、実際多くの家が生まれている。また、前回紹介したプロジェクト「東京美林倶楽部」、さらには檜原村への林間学校誘致など、じつにさまざまな仕事を担うようになった。

「大地を踏みしめる仕事がしたかった」と自分自身のために職業を選んだ青木さん。だが今は、未来へとつなぐ、つなげる子どもたち、そして地域のために動いている。

「次から次へと新たな課題が出てきます」という青木さん。“スキを仕事というカタチに実現”し、それを持続する秘訣を次回教えてもらおう。