地域の“いい人”とゆるやかにつながる「多拠点居住」の醍醐味とは/ジャーナリスト 佐々木俊尚

幅広いジャンルで活躍する作家・ジャーナリストの佐々木俊尚さんは、複数の住まいを使いわける「多拠点居住」の実践者としても知られている。現在は東京、軽井沢、福井に拠点を置き、質の高い仕事と暮らしを両立する佐々木さんに、多拠点居住を始めた経緯と、複数のコミュニティと「浅く、広く、弱く」つきあっていくことのメリットを聞いた。

震災を機に決意した、多拠点居住という新しい暮らし方

佐々木さんが多拠点居住を考えたキッカケは2011年の東日本大震災。1ヵ所に住むことのリスクを案じ、当時住んでいた東京都目黒区の広い一軒家での暮らしをやめ、浮いた資金をうまく振りわけての多拠点居住という生き方を模索し始めた。

いくつかの候補を考えた末、第二の拠点として選んだのは「別荘地という土地柄から他所者に優しいし、冬か寒いことをのぞけば過ごしやすい気候」という軽井沢。「最初は伊豆あたりも考えたのだけれど、地震の心配がない場所として、災害が少ないと言われる長野県に。さすがに冬場の寒さは想像以上でしたが、実際に住んでみないとわからないことってたくさんあるものですよね」と当時を振り返って笑う。

その後2015年からは福井にも家を借り、3つの拠点を行き来する生活になった佐々木さん。自分と同じ業界の「深く、狭く、強いつながり」の人としか出会えなかった東京だけで生きる暮らしから、複数のコミュニティと「浅く、広く、弱く」つながっていく多拠点居住へと生活スタイルをシフトしたことで世界が広がり、小さくともたくさんの仕事が舞い込んでくるようになっていく。こうした暮らし方を成功させる秘訣は、どんなところにあったのだろうか。

多拠点居住を成功させるカギは“お試し移住”と“いい人との出会い”

意外に思われるかもしれないが、多拠点居住においては立地や住居の問題よりも、その地域のコミュニティや人々が重要な要素であるという。

佐々木さんいわく、「地方移住や多拠点居住を始めるときに陥りがちなのが、行ってみたらコミュニティや人間関係が一切なくて、孤立してしまうという問題。だから最初はゲストハウスなどを活用して、しばらく“お試し移住”してみるのをオススメします」とのこと。

たしかに、ハード面での住居が確保できたとしても、そこで暮らしていく上では、日々接する地域の人々との人間関係が必要不可欠。佐々木さんが実践する多拠点居住ライフでも、それぞれの地域の“いい人”たちとのつながりが大きな意味を持っている。

「軽井沢でも良い不動産屋さんと出会えたし、3拠点目の福井でも、移住の入り口になってくれる人がとても大事なのだと実感しました。いまの福井の住まいは、空き家NPOをやっている友人の紹介で町役場のクリエイター・イン・レジデンスの仕組みを使って入居した物件です。期間限定なのですが、家賃は無料です。こんな暮らしができるのも、ハブになってくれる“いい人”がいてくれたおかげなのです」

たくさんの“いい人”と出会って働く。それが多拠点居住の醍醐味

多拠点居住を実践しながら働いていくうち、仕事の面でも大きな変化があった。地域コミュニティの人々からの、思いもよらなかった依頼が増えていったのだ。

「いろんなところにいろんな仕事があるんだな、ということを実感しています。これは東京で同業者とだけつながっていたら、とてもできなかったこと。多拠点居住で複数のコミュニティに存在する“いい人”たちと出会う機会が増えてからは、小さいけれどたくさんの仕事が生まれるようになりました。自然と同じ人に何度も会うことが少なくなったのも、小さな仕事が増えたことに影響しているかもしれません」

こう聞くと多拠点にスタッフを置いて、さらに手広く仕事をすることもできそうだが、現在の佐々木さんはスタッフを雇用しない方針。仕事それぞれに組み先のパートナーを定め、適度な距離感を保ちながら働いている。

また「最近では“いい人”からの仕事の依頼なら、そうそう断らない」とも。ただ、そこから長く続けていく仕事になるかは、お互いの相互作用のなかで決めていくそうだ。そんなところも「浅く、広く、弱く」つながる佐々木さんならではのスタイルなのだろう。

“いい人”が周りにいれば仕事は自然とやってくる

「基本的に“いい人が周りにいれば仕事は自然とやってくる”という展望でやっています。自分のブランディングをどう定めるかは難しい問題ですが、まずは断らずにやってみて、合わないと思ったらそっとフェードアウトするような(笑)。多拠点居住に限らず、いつでも撤退可能な状態に身を置くことは大事ですよね」

2008年のリーマン・ショック、2011年の東日本大震災を経て、上昇志向的なキャリアのステップアップに対して懐疑的になっていったという佐々木さんは「将来の見通しや計画が立てられない時代への対抗策は、たくさんの“いい人”と出会える場所に身を置くこと」だという。複数のコミュニティと横断的に「浅く、広く、弱く」つながる多拠点居住のライフスタイルは、これからの時代の働き方と密接にリンクしていくことになるのかもしれない。