「自然」と「人」と「お酒」が好きだった。だからこそ“ビール会社”というチームの経営者へ/ヤッホーブルーイング 井手直行

『よなよなエール』、『水曜日のネコ』をはじめとする個性的なクラフトビールでお馴染みのヤッホーブルーイング。クラフトビール業界でシェアトップを誇る同社社長の井手直行さんは、もともとビール業界とは無縁の人物だった。そんな同氏のもとを訪ねて、「働くこと」についていろいろな話を聞いてきた。ヤッホーブルーイングが大事にしていることとは?

チームとして働くうえで衝突は避けられない

約130人が働くヤッホーブルーイングでは、「チームビルディング」を重要視している。これは同じ方向を向くチームを作るうえで井手さんが出会ったプログラムだ。

「チームの形成において、最初はお互いをよく知らない“フォーミング”という時期があります。これが徐々に気心が知れるとともに意見を述べるようになり、“ストーミング”という意見の対立が起こる段階に移行するんです。このとき、チームのパフォーマンスは一気に落ちます」

会社において、チームのパフォーマンスが落ちると分かっていてもこのプログラムを実行するのは勇気のいる決断だ。しかし、このあとにきちんとチームが形成されれば、実力以上のパフォーマンスを発揮できるようになるという。

「ストーミングを経ると、お互いのことが分かって役割分担ができるようになる“ノーミング”という段階に入ります。こうなると、全員が同じ方向を見て働けるんです。そして、最終的にはチームが完成していきます」

一時的にパフォーマンスが落ちても、そのあとに良くなると分かっているからこそ、一度チームビルディングの研修を受けた人は衝突が起きてもうろたえないそうだ。そして、何度もチーム作りを経験することで、衝突が軽くて短時間で終わるようになり、意見の言い合いはあっても感情的な衝突はなくなる。

同社では10年以上この試みをしており、結果として売上も上がり、面白い試みをできるなど、プラスの結果がきちんと現れている。しかし、「売上がいいからチーム作りができるのでは?」という声もある。

「そういった意見はよく聞くのですが、あくまでも両輪だと思っています。いいチームができれば売上が上がり、売上が上がるとますますいいチームを作る余力が出てきます。売上が上がってからチーム作りをしようとしても、なかなか売上は上がるもんじゃないですよね。私達の場合、3年の我慢が必要でしたが、それによっていいチームができて、売上も上がりました」

自分の強みを把握することで「好き」を仕事にする

同社でもうひとつ大事にしているのが、“ストレングスファインダー”という手法だ。人間には34の強みがあり、テストを受けることで5つの強みがわかるようになっている。このテストで出た強みはほかの人よりも上手くできるので、知らず知らずのうちに楽しく取り組めるそうだ。

「私自身の強みは、戦略性、着想、自我、責任感、司令感となっています。実際、戦略を考えるのは好きですし、マーケティングの神様と評されるフィリップ・コトラーさんが主催する『コトラーアワードジャパン2018』では、弊社が最優秀賞をいただきました。また、使い方を間違えると我が強いと言われる自我も、人前で恥ずかしがらずに主張できるといったいい面があり、自分が広告塔になるのに抵抗がありません」

さらにヤッホーブルーイングがすごいのは、各自の資質を全員にオープンにしていることだろう。同社は部署とは別に、社内でのさまざまなプロジェクトへの参加を推奨しており、各々が自分の資質を理解したうえで、プロジェクトに関わっている。

「以前のアシスタントはビールが好きで弊社に入社したので、ビールの製造部門に行きたかったそうです。しかし、OJT(実際の現場で実務をするトレーニング)で製造部門に行くと、あまり楽しみを見いだせなかった。逆に、行く前は嫌がっていた受注管理の部門は、数字を扱ったり分析したりというのが楽しかったそうなんです。よくよく聞くと、彼女が大学の授業で楽しかったのも統計学だったそうで、おそらく彼女の資質として数字に強いというのがあったのでしょうね」

とはいえ、全部が好きな仕事だけになると偏りが生じるので、業務内の20%はできる範囲でいろんな仕事をして、見識を広めるようにしている。いずれ自分の適正が分かるようになり、この部門でこういったことがしたいといった具体的なプランが見えるといいと思っているそうだ。

選択肢に幅を持たせることも重要

いくつもの転職を繰り返してきた井手さんだが、やはりそれは「好き」を仕事にしたいという思いから来たものだろう。実際、同氏はバイクでの放浪で「自然」と「人」が好きだと気付き、さらには「お酒」も好きだったことが、いまの仕事につながっている。

「一度きりの人生なら、好きを仕事につなげたほうがいいと思います。そのためには好きなことを諦めずに、いろいろ試行錯誤することが大切。私は自然と人が好きでこの仕事に就きましたが、切り口が違っていれば営業の仕事をしていたり、八百屋をしていたかもしれません。選択肢はいくつもあるので、諦めずに自分の好きな軸から試していくことが大事だと思います」

井手さんにとってのヤッホーブルーイングは「人生そのもの」だという。人生の一部であり、自分が好きなことをして、ビールを通して人に幸せになってほしいという思いを共有してくれる仲間がいる―――まさにこれこそが“転職で手に入れた天職”なのだろう。

「僕にとって働くことは、ビジネスとしてだけでなく、人として成長できる場でもあると思っています。経営者として成長する自分もうれしいし、10年前に比べると心から社員やファンの皆さんの幸せを考えたり、地域貢献を大切に思えたりと意識も高くなっています。これは仕事をしていないとありえないことなので、人として成長するための環境として仕事は大事ですね」

楽しく働くために必要なのは、「自分の強みを知って磨くこと」と「好きの視野を広く持つこと」。ヤッホーブルーイングで「ビールを中心としたエンターテイメント事業」がしたいと語る井手さんは、これからもまだまだ面白いことをやってのけそうだ。