「楽天社長からの手紙で、ネット通販に注力することを決めた」業績をV字回復させた楽天市場の店長時代/ヤッホーブルーイング 井手直行

『よなよなエール』、『水曜日のネコ』をはじめとする個性的なクラフトビールでお馴染みのヤッホーブルーイング。クラフトビール業界でシェアトップを誇る同社社長の井手直行さんは、もともとビール業界とは無縁の人物だった。そんな同氏のもとを訪ねて、「働くこと」についていろいろな話を聞いてきた。社長になって11年、経営者としての井手さんを探る。

楽天市場が業績回復のカギに

1997年の創業時、ヤッホーブルーイングはたった7人で始まった。地ビールブーム衰退の煽りを受け、8年連続で赤字に。そこで井手さんが着手したのが、「楽天市場」でのネット通販業務だった。

「楽天市場は97年5月にオープン。私たちは97年6月に出店しました。ただし、ページがあるだけで、ビールはろくに売っていなかったんです。売上が落ちて営業としてはすることがなく、ロッカーの整理をしていたときに見つけたのが、楽天の社長である三木谷浩史さんからのお礼の手紙。そこには“出店ありがとうございました”というお礼とともに、“一緒にインターネットで世界を目指しましょう”といったニュアンスのことが書かれていたんです。これが、インターネットにかけようと思ったきっかけになりました」

ネット通販を本格化したところ、2005年には業績がV字回復。ヤッホーブルーイングは現在まで14年連続の増収増益となっている。このとき、井手さんは楽天市場の「店長」としてメルマガを書いたり、顧客から寄せられるメールへの対応をしたり、すべて一人でやっていたそうだ。こうした顧客対応を経験したことで、いかにデザインやブランディングが大切かを意識するようになったという。

ちなみに、ヤッホーブルーイングの社員の名刺にはニックネームが書かれており、井手さんの名刺には「てんちょ」と書かれている。社長なのにてんちょ。この自由な空気感こそ、ヤッホーブルーイングらしさでもある。

「3時間の説明会」を開催する理由

2008年に社長に就任した井手さん。4社目の勤め先&営業出身といった人物が社長になるのは、日本企業でそう聞く話ではない。しかも、井手さんは私達がイメージする「社長像」とは少し異なる。我々、取材陣を迎えてくれたときも『よなよなエール』のTシャツ姿。同氏を知らない人なら社長だとは気付かないようなラフさを持ち合わせた人物だ。

そんな井手さん、今年に入ってからは「採用活動」に一番時間を割いているという。ヤッホーブルーイングは、「2019年版 日本における働きがいのある会社ランキング」の中規模部門で50位内にランクインしている。地方の一企業でありながら、かなり人気の高い企業なのだ。

「新卒と中途採用の説明会は東京で開催しています。こんなに小さな会社ですが、50〜100人くらいは説明会に来てくれるんです。直近では、午前中200人、午後200人といった大規模な説明会もありました。この設明会で私は45分ほど話して、質疑応答でも40分じっくり話を聞いたりします。ですので、弊社の説明会は2時間半から3時間という異様に長いものになっているんです(笑)」

説明会だけでなく、最終面接も井手社長自らが全員と話す。さらに、内定を出しても迷っている人がいれば、意思決定の参考になるようにと、ありのままの事実を伝える場を設けている。また、内定者が本社に見学に来たときの対応なども井手さんがするそうだ。これだけ社長自らが、ヤッホーブルーイングで働くことについての情報を発信するのには大きな理由がある。それは「お互いのミスマッチをなくす」ためだ。

「うちの会社には、“ただビールが好きだから”という理由で来てほしくないんです。僕たちが大事にしているのは、会社の文化や価値観です。できる限り社風にマッチした人に来て欲しい。企業としてのユーモアはありますが、自立した人じゃないと無理ですし、指示待ちをするような人は入社すると苦労します。また、年功序列ではなく実力主義なので、年齢とともに安定を目指す人には適切じゃない。こういったことを伝えて、それでも気に入った人に来て欲しいんです」

社長自らが採用活動に率先して出てくることの成果は、すでに実を結び始めている。いまでは同社にマッチする人材が入社するようになり、社内が良い環境になってきているそうだ。採用活動以外にも、社内の各部門の会議や取材の対応、広報活動なども行っている。昨年までは講演活動も多かったが今年は大半を断わり、できるだけ「人」と関わる時間を増やしているという。

「とはいえ、少しずつ人に任せるようになっていることもあります。個別の面談や面談内容を受けての責任者へのアドバイスなどを去年までは自分が中心になって行っていましたが、組織を大きくするには、リーダーや人事部門に任せなければなりません。そうしないと、彼らのスキルが高まりませんからね。今年はできるだけ自分が出ないように我慢しています」

人と人のつながりを大事にするヤッホーブルーイングの社風は、やはり井手さんの仕事への向き合い方に由来しているのだろう。だからこそ、多くの人が勤めたいと思う企業に成長し続けているに違いない。